『いつもは聞き手ここでは独り言』

『生きる』をデザインしたい人間です。心理のこと・仕事転職のこと。そしてシングルマザー、ときどき絵とか。

HSPについて〜2

HSPについて。

幼い頃から、
両親の顔色
家族の機嫌
家族の雰囲気
学校でのイイ子
職場で失敗しないように…

全て周囲を伺いながら生きてきて、
四十数年間。

そりゃ、常に周囲の事に対して敏感になるわ。

性質もあるだろうけども、
自分自身、人の気持ちを察する事に
ほぼハズレがない。


どうしているかと言われても、
空気を吸うように瞬間に
観てしまう。

相手のわずかな視線の動きや目の動き、
呼吸の変化、動作、
その人が出す空気感を感じとる。

どうしてわかるの⁇⁈

と言われるけれども、
いや、みんなそういうものなんだと
思っている。

何かに活かせないかなと思っても、
相手の気持ちを自分の事のように
受け入れてしまうが為に、
グッタリと疲れてしまう。


常にそういう状態なので、
職場から帰ると、
かなりひとりの時間、
もしくは家族の時間が必要になる。

コントロール
まだまだ、足りない。



……まぁ、心から
どうでもよい人に対しては
あまり発動しませんがね…

HSPについて〜1

私は、HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)傾向が強い。

特に、人の感情を敏感に察知する
「空気を読みすぎる人」。

大きな音や声には、
日よっては、具合が悪くなりそうなくらい、
敏感な時がある。



そんな自分なのに
よく履歴書に書ききれない程
転職を繰り返したなぁと思う。

自分の体質より、
潜在意識の方が強いということか…。
(おそらく、
集団でいると居心地が悪い。
自分を支配するような人がいる職場を選ぶ。
男性が怖い。
自分を極限まで頑張らせるために
きつい職場を選ぶ。
などなど。
全て無意識…)


HSPについて続く。

変わろうと決めた自分を自分自身が試す、という事。

ビリーフチェンジというものに、数年前からお世話になっています。

大学での心理学専攻、
さまざまな本からの知識、
さまざまな手法のカウンセリング、

などなど。

なんとなく生きるのがしんどくて、
数年ごとに死に引っ張られそうになる傾向を
なんとかしたかった。


その中で、ここ数年、
劇的に変化を起こすことが出来たのが、
ビリーフチェンジ。


※詳細・リンクはあとで記述。


最近はプロ養成講座講座も受け始め、
まあ、それがてきめんに心に効いている。

まず、受講の次の日、
通勤満員電車のなかで、
ポロポロ涙が溢れる。
忘れていた出来事にまつわる
感情なのかな。

仕事中は、カチッと切り替わるのだけど、
職場を出てふっと緩むその時、
フワフワとしてしまう。

初めて帰りの電車の路線全てで
降り遅れてしまう。

時には、2駅も降り遅れてしまう。

定期を落としてしまう。(みつかった!!)

パソコンが急に壊れる。

時計がふと、遅れる。



一見、こう聞くと
「悪いことばっか起こっとるやん!!」
と思いきや。

そうは感じない。

なんだか、
ああ、わたしの中で何か起こっとる。
変わりたくない気持ちが働いとるんやな。
こうやって、良くないことを起こして、
やっぱり変わるのはやめようか、
と思わせようとしとるんかな。

ところが。

もう、自分は変わるって決めとる。
こうやって、色んなことが起こるのも、
変化があり始めたシルシ
何だかうれしい。
ドンとこい!!


って思える。

毎日のように訪れる、

あーーーーっ!!
がっかり…
イライラ…

と思う出来事に対して、
今までと同じ反応だったら、
これからの生き方も何も変わらない。

自分の心の奥底が、
変わろうと決めた自分自身を試している、
そんな面白い事が、
自分に起こっている、
そんな感じ。

ビリーフに気づき外す事。仮

時計が遅れていた。
おかげで、電車に乗り遅れそうになった今朝。
時計が遅れていたのは、
今回で2度目。



ガタンゴトン。
少し満員になりつつある電車の中で、
つり革に左手をかけながら、
その自分の手首に
緩やかに寄り添う時計を見て、
ふと考えたこと。

その時計は、私が志望高校合格の時に
両親からプレゼントされたもの。
一目みて気に入り、
予算よりお高めではあったけど、
頼み込んで買ってもらった、
初めての特別な時計。


それから、数年。
時間の確認は、携帯にとってかわり、
育児などもあって、
しばらく時計を身につけない年月が続いた。

が、ある時ふと思いついて、
その時計を引っ張りだしてみた。
もちろん、止まっている。

電池を交換すれば、
直ぐに動き出すだろう。
時間を知るのに
携帯をわざわざ確認する行動も飽きたし、
今度から時計を活用しよう。
と思った矢先、
衝撃の真実。

これ、メンテナンス必要な状態です。
大体、10000円ですね。

なにー!
って、まあ、冷静に考えれば当たり前。
でも、10000円かぁ…
と渋って考え、
その時はやめておいた。
自分へお金をかけられない、
強力なビリーフもあった。


そして、さらに十数年。

ほんの少し、
自分のためにお金を使える心理状態になり、
やはり、大切な時計を身につけていたい、
と思う日々。
ネットで調べてみると、
なんと。
20数年前の時計でも修理が可能な機種と判明し、
これも何かのご縁。と思い、
13000円で修理をお願いした。


それが、ほんの数ヶ月まえ。


そして、冒頭の出来事にもどる。


これは…
なんだか、ビリーフににてるなぁ…と。
大切な時計。
辛いことや嬉しいこと、悲しいことや楽しかったこと、そばにいたもの。
まるで、親のように。

その時の自分が、家族や世間の中で生き残るために身につけたビリーフがあって、
でも、それが今の自分に必要かと言うと、
決してそうではなく。
時計のように、
その目的のためには、
ほかに色々なツールや情報があふれてる。
もちろん新しい時計を買うことだってできる。
にもかかわらず、
私は、その時計(ビリーフ)に戻ろう戻ろうとしてしまう。

そして、今朝のように、
信じている時計が、
今の自分を生きづらくしようとしてくる。

むー…

もう、外していいんじゃないかな、

ふとそう思い。

時計を外してカバンにしまった。
大切で捨てることは無いけど、
身につける回数は確実にへる。


今度、
これ以上に自分に似合った時計を
探してみよう、と思う。


この時計のように、
過去に身につけたビリーフが
自分の道を妨げてる可能性に気づいて、
簡単に手放せるといいなぁと思った、
9月の蒸し暑い朝でした。

離婚後もパパとママで子どもを育てる〜21

離婚後、週の数日は、ママの家ですごす。
残りの数日は、パパの家ですごす。

離婚するときにそんな取り決めをして
6年たった今現在も進行中。

良いこと難しいことをこまごま書いてみてる。


そもそも、別れた後も、2人で子育て…
というには、別れていない時よりも
難しい事が沢山生じる。

いわゆる、

どちらがどれだけやるか?


親権を持っていない向こうからすれば、
いや、そっちが親権者なんだから、
やるべきじゃね?

って思ってるだろうし、

こちらこらすれば、
いやいや、親でしょう?
子どもたちがそっちにいる間の
色々な出来事は、
そちらでやることやってよ!

と思う。

夫婦でないので、
話し合いも徐々に少なくなり、
やはり、やる割合はこちらになってくる。

ただ、割り切れるのは、
別れているから。

夫婦のままだと、
やったらやらないで、
どんどん不満や言えなかったこと、
イライラや相手への失望などなど…
日々の澱が溜まってゆく。

その点。
別れていると生活面では他人。
繋がりは愛する子供の親、
という事だけ。

割り切れる。

たまにイライラしてしまうのは、
こちらの、
「親なんだからやるべきでしょ!」
という、自分の価値観が発動している時。
これほ、私の問題だから、
自分がなんとかすること。


…まあ、それでも

パパは働いているから!
送迎とか無理なんだよ!
パパは寝てるんだよ!

と子供たちに言われると、
イラァっとしてしまいますけどね。

離婚後もパパとママで子どもを育てる〜21

離婚後、週の数日は、ママの家ですごす。
残りの数日は、パパの家ですごす。

離婚するときにそんな取り決めをして
6年たった今現在も進行中。

良いこと難しいことをこまごま書いてみてる。

子どもたちの学校は、
パパの家が学区内。
ママの家は、学区外。
でも、そう遠くもない場所にあり、
転校はしなかった。


なので、子どもたちは
学区外通学ということで、
市に申請をしていた。

これで、忘れてはいけないのが、
市への申請と学校への申請。

市の申請は、
小学校から中学校へ上がる時などの数年に一度。
…わすれるわ!!


学校の先生への申請は、
学年に上がるたびに行う。


先生は、いろんな家族のパターンを
経験しているのか、
イレギュラーな申し出も快諾。

家庭訪問の時などは、
学区外の場所へわざわざ、
申し訳ないなぁといつも思ってた。

子どもたちは、
やはり、そういうイレギュラーなことは、
学校ではひたすら隠していた。
友達には、
自分の家の場所は学区内にある、
パパの家と話していて、
それが、少し寂しくもあったっけ。

離婚後もパパとママで子どもを育てる〜20

離婚後、週の数日は、ママの家ですごす。
残りの数日は、パパの家ですごす。

離婚するときにそんな取り決めをして
6年たった今現在も進行中。

良いこと難しいことをこまごま書いてみてる。


家が2つあることは、
子どもにとって、ストレス源。

自分のお気に入りのものや、
教科書、ノート、筆記具、
学校で必要な道具、
着やすい服、習い事の道具…etc


どちらの家に何があるか、
中々全てを把握できない。


私は、家の中のものの管理が
得意な方なので、
何がどこにあるのか、
口頭で説明出来たりする。

子どもちたちは、
小さい時はなかなか難しい面もあるので、
学校関係の道具類は、
持って帰って来た時は常に、
ママの家に持ってくるように
伝えていた。

そうすれば、足りなくなったものや
無くなったものも補充できる。

また、それらのものが無くなっても、
パパの家では気付かれる事もなく、
パパに伝えても補充される事も無いことが
分かり始めてきた。
(ママに言いな、と言われる)


さらに、子どもたちも、
ママの家にあった方が、
フットワークの軽いママの家にあれば、
忘れ物をしても届けてくれる、
という計算のもと、
うちに置くことが多くなった。


続く